FISPA便り「『いき』だった『まとふ』のショー」

 これまで数多くのファッションショーを見てきましたが、去る3月21日に東京・芝の増上寺で開かれた「まとふ」のショーは、忘れられないショーになることは間違いありません。作品はもちろんですが、何と言っても、ショー会場が関東における浄土教学の殿堂であり、徳川家の菩提寺でもある大寺院の境内だったのです。

 「まとふ」の堀畑裕之・関口真希子さんは、かねて「日本の美」を追求しています。忘れかけた日本の美意識を現代の目線で取り上げる「日本の眼」シリーズは、「慶長の美」以来、今回で15回目です。そのテーマは、日本の美の王道そのものである「いき」。

 「いき」をテーマに選んだのは、「日本の美意識、特に生き方の美学のなかで避けて通れない、また、決して他の言葉に言い換えることができないから」だそうです。

 「4色の糸をつないで1本のたて糸にし、多彩な縞を表現した織物」や「雪のつもった竹林で、縦にしなやかに伸びる青竹」のようなジャカード、「揺れる草の模様の紋塩瀬」などを駆使した作品は、「まとふ」の代表的な長着を軸に、いつになくシャープなラインが凛とした雰囲気を醸し出していました。そして、ふとした瞬間にちらりと見える裏地はポップでグラフィカルなプリント。

 当日は、あいにくの雨模様でしたが、「いき」な作品が大伽藍を背景にした闇の中に浮かび上がっていました。雨もまた、「いき」と言うべきでしょうか。

 以前もこのコラムで書きましたが、筆者は、かねて、故・多田富雄東大名誉教授が喝破した日本の美の説を信奉しています。「自然の中に無数の神をもつアニミズム、能や俳句に代表される象徴力、滅びゆくものへの共感のもののあはれ、それらを技術的に包み込む匠の技」がそれです。「まとふ」の作品は、(ご本人は否定するかもしれませんが)多田説の具現化だと思っています。

 「まとふ」の創造性をかきたててやまない日本の美。今後はどこに向かうのでしょうか。江戸時代の町人文化から生まれた「いき」が、IT革命で急変する現代社会にあって、新たな「いき」となることを期待したい思いです。なぜなら、「まとふ」によると「人情の機微に通じ、さりげなく相手の立場にたって『いきなはからい』ができる洗練された精神性が『いき』を完成させた」のですから。 

                         (聖生清重)