FISPA便り「新井さんの名誉博士号を祝う」

 20年以上前だったと記憶していますが、ある日の夕刻、世界的なテキスタイル・デザイナー、新井淳一さんからかつての東京・日本橋にあった筆者の職場に突然、電話がありました。「今、近くにいる。すぐに行くよ。見せたいものがある」と。 

 まもなく、姿を見せた新井さんは、大きなバッグから一枚の布を取り出して「見てよ」。いささか興奮気味でその布を両手で広げました。縦3メートル、横4~5メートルはある茶系の毛織物でした。織物には、なにやら幾何学的な模様が浮かんでいました。新井さんが、あるデジタルプリントメーカーと共同でコンピューターを駆使して開発した、これまでにない新しい一枚の布だったのです。 

 桐生の機屋に生まれ、育った新井さんは、伝統的な毛織物に最先端の新技術を融合させたように、真空蒸着シワ加工の布や金属繊維のモニュメントなど斬新、かつ前衛的な布を創造し続けています。「布の魔術師」との異名がある新井さんは、まぎれもなく「世界の新井」です。昨年7月には英国王立芸術大学(RCA)から名誉博士号を授与されました。 

 その新井さんの名誉博士号受賞と傘寿、さらには初の評伝「新井淳一 – 布万華鏡」の発刊を祝しての集いが去る3月10日に東京・一ツ橋の学士会館で開かれました。1970、80年代にパリコレクションで高い評価を得た三宅一生さんらトップデザイナーの創造力を刺激する布を制作した新井さんの会らしく、参加者は三宅さんをはじめ約150人にのぼりました。 

 「伝統的な手技(わざ)」、「最先端技術」、「未知への挑戦」。新井さんの布作りの手法だと思います。新井さんは、実はこの10年でガンを二度患いました。くだんの会であいさつした際も、この事実を打ち明けながら、参加者に謝意を表しました。早く体力を回復して、閉塞状況から抜け出せない日本のテキスタイル・クリエーションに刺激を与えてもらいたいと思います。

(聖生清重)