FISPA便り「東レの快挙とX氏の述懐」

 ある東レの役員と雑談していた時のことです。仮にX氏としますが、X氏は入社間もないころ、ポリエステルの綿(ステープル)の販売担当で、主にポリエステル・ウール混紡糸向けのポリエステル綿を毛紡績や毛紡績を兼営する綿紡績メーカーに売り込んでいました。40年以上も前のことです。 

 当時、X氏は販売先の紡績を回るだけでなく、小売店にも足を運んだそうです。ポリエステル綿は、東レが生産し、紡績が糸にし、機屋(織物メーカー)が織物にし、染色メーカーが染め仕上げして、ようやく衣料素材になり、その上で縫製されて衣料品が出来上がります。この長い繊維生産流通で、最も川上に位置しながら、最も川下に位置する小売店まで足しげく通ったのです。 

 東レの繊維事業の12年3月期の営業利益は450億円の見通しです。部門別トップの快挙です。電子材料や炭素繊維複合材料といった成長産業ではなく、コストの高い先進国では斜陽産業とされ、事実、西欧や米国、日本でも一時は世界のトップの座にありましたが、21世紀には世界トップの座は中国に明け渡しています。ところが、東レは、先進国の繊維産業は衰退する、との定説を覆そうとしています。 

 東レ繊維事業が好調な理由は、国内生産と東南アジアや中国での生産を最適化したグローバル・オペレーション、ユニクロとの提携による「ヒートテック」の大ヒットに象徴される「商工一体型」の営業戦略によるところが大きいのですが、そのベースはすでに40年以上も前から築かれていたのです。 

 X氏が小売店まで通ったのは「川下にアクセスすることで流通を革新したい」との明確なビジョンに基づくものでした。 

 X氏は、「東レの繊維マンには、『東レは繊維産業に貢献する』との志が脈々と流れている」と言います。流通革新はその手段です。やや持ちあげすぎかも知れませんが、古い繊維業界人なら東レが全国の小売店を支援した組織「東レサークル」があったことを想起すれば、うなずけるのではないでしょうか。

(聖生清重)