FISPA便り「ハインリッヒの法則」
以前、新聞記者をしていた時のことです。ある合繊メーカーで最新の合繊素材の開発状況や生産技術の革新動向などを取材した際、取材に応じた技術者が貴重な知識を教えてくれました。「労働災害」に関する「ハインリッヒの法則」のことです。古いメモ帳をめくっていて当時の状況を久しぶりに思い出しました。
「ハインリッヒの法則」とは、こういうものです。「1つの事故が発生した場合、その背景にはインシデント(事件)には至らなかった300のイレギュラリティー(異常)があり、さらにその陰には数千に達する不安全行動と不安全状態が存在する」。
どんな話の流れから「ハインリッヒの法則」に話題が及んだのかは、よく覚えていません。多分、生産工場における安全管理で「無事故記録更新中」といった話題に関連して飛び出したのだと思いますが、それは、ともかく「ハインリッヒの法則」を知って以来、人命に関わる大事故のニュースに接するたびに、大事故につながる数多くのイレギュラリティーがあったのだろうな、と反応する癖がつきました。
人命事故に限りません。例えば、会社や事業、あるいは「ブランド」がピークを過ぎて衰退期に入る際には、おそらく多くのイレギュラリティー、言い換えれば“予兆”があり、誰かがその予兆の重大さに気づき、かつ責任者が適切な対策を指示していれば衰退は防げたのではないか、との思いをより強く抱くようにもなりました。
もとより、300のイレギュラリティーが全て事故に結びつくものではありませんし、会社や事業、「ブランド」が衰退に向かう際のイレギュラリティーを正確に把握し、適切な手を打つことは容易なことではないでしょう。後講釈であるからこそ、「ハインリッヒの法則」の正しさが証明できるのが一般的な世の中でしょう。
とは言え、福島第一原発の事故は起きました。「想定外」の事態の前には多くのイレギュラリティーがあったのではないでしょうか。「フクシマ」の苦難に思いを馳せながら、そう思いました。
(聖生清重)