FISPA便り「社員幸福度というレガシー」
去る5月に子会社が民事再生法の適用を申請して以降、スポンサー探しが難航していたレナウンは、先ごろ、主力ブランド事業を小泉グループに譲渡する契約を結び、9月末には譲渡することになった、との報道を聞いて、あることを思い出しました。
もう30年以上は前のことだと記憶していますが、現役の繊維記者だった筆者はレナウンの幹部と雑談していた際、幹部が話した「当社の社員幸福度は業界で一番だよ」との発言に新鮮な驚きを感じました。当時の状況は、それまでアパレル業界でレナウンに次ぐ2番手だったオンワードがレナウンに追いつき、追い抜いたころでした。
レナウンは、かつて名実ともに日本のアパレル企業のトップでした。日本のアパレル産業が急成長した1060年代後半から70年代には、日本を代表するファッション企業として、特に輝いていました。テレビ宣伝にも長けていて、一世を風靡した「ワンサカ娘」は、日本のアパレル産業史に残るものです。
そのレナウンがアパレルトップの座を明け渡した。そんな話題だったと思いますが、くだんの幹部は生涯賃金や休日数などをあげて「社員幸福度」では当社がトップだと胸を張ったのです。
「社員幸福度」。確かに、大事な指標でしょう。しかし、社員幸福度の高さのベースには、確かな収益力がなければ、単なるスローガンに終わってしまいます。その頃、レナウンにはその後の長期低迷の兆しが出ていたと思います。そうであっても「社員幸福度」の話は実に新鮮でした。
その後の経過は、ご存じの通りですが、「社員幸福度」という価値はいささかも色あせていないと思います。会社は社会全体のものですが、第一義的にはそこで働く社員のものでしょう。社員幸福度という指標があるとすれば、多くの会社が目指してもらいたいものです。
もとより、アパレル不況が続き、コロナ禍で売り上げは伸びず、現状はダウンサイジングで何とか生き残ることに懸命な状況です。「きれいごとを言っていられる場合じゃないよ」との声が聞こえます。「社員幸福度は高いにこしたことはない。しかし、今はそんな余裕は全くない」と一蹴されるでしょう。
そうであっても、ファッションは人々の心を豊かにしてくれる産業です。コロナ禍もいずれは終息するでしょう。「社員幸福度」の理念を掲げ、その実現にまい進する会社が出現してもらいたいと思います。筆者の思い込みかも知れませんが、「社員幸福度」という理念は、名門レナウンのレガシーではないでしょうか。
(聖生清重)