FISPA便り「伊藤さん、99歳にして健在なり」
何年ぶりか、正確には思い出すことができませんが、少なくとも20年以上は経っていると思います。先日、元・日本ニット工業組合連合会理事長だった伊藤忠夫さんと電話で話しました。御年99歳。電話口の伊藤さんは、持ち前の好テンポかつ直截な口調で、昔日の思い出や現在の生活ぶりを話してくださいました。
伊藤さんは、大正7年(1918)、東京・神田生まれ。東京府立第四中学校(現戸山高校)から陸軍士官学校(51期)とエリートコースを歩みましたが、昭和15年夏には、北支で歩兵中隊長として作戦中、左大腿部を撃たれ、カカトとつま先が180度逆になる大けがを負いました。負傷が癒えた後、幼年時から憧れていた空への夢を航空技術学校、航空審査部に転科することで実現しますが、まもなく、終戦を迎えました。
戦後は、陸軍少佐だった伊藤さんも「食うことから始めなければなりませんでした」。生命保険会社に勤めた後、ニットの統制会社である日本莫大小統制株式会社のサラリーマンとして働いたそうです。その後、結婚を契機に有志とニット製造業の東京日莫(株)を設立、高付加価値のニット生産に努め、平成元年(1989)には後進に社長のバトンを渡し、以来、悠々自適の人生を謳歌しています。
伊藤さんは、それまで丸編、横編、経編の3団体に分かれていたニット生産業界が大同団結するために奔走、自ら二代目理事長として、ニット生産業界の地位向上、取引面の不公正打破に努めました。
当時、筆者が記者として伊藤さんにインタビューして書いた記事を読み直して驚きました。理事長として難問山積の中で精力的に取り組んだのが取引改善で、具体的には「付加価値配分適正化」と「歩引き廃止」だったのです。
それから、40年が経過した現在、繊維ファッションSCM推進協議会は、重要な課題として経営トップ合同会議で「歩引き」取引廃止を決議し、その撲滅に全力をあげています。「歩引き」取引は、実に根深い悪しき慣行なのでしょうが、伊藤さんとの会話から、今度こそ撤廃を実現したいとの思いを強くしました。
それにしても、伊藤さんです。99歳とは思えない張りのある声、AI(人工知能)にまで思いを巡らせているご様子に元気をいただきました。
(聖生清重)