FISPA便り「約束」は、個人に根ざした生き方

 小説の楽しみのひとつに登場人物の気の利いたセリフがあります。あのレイモンド・チャンドラーが主人公の探偵に語らせた「男は強くなければ生きて行けない。やさしくなければ生きる資格がない」は良いですね。ご存知の方も多いと思います。筆者は、大いに気に入っていて、そうありたいと願っていますが、男性諸氏でそう思わない方はおそらく皆無ではないでしょうか。

 それに比べると、少しも有名ではありませんが、好きなセリフにこんなのがあります。「約束ってやつは、個人に根ざした生き方の問題だ」。題名も忘れた娯楽小説にあったものです。小説の時代設定は日米戦争の頃。役にも就くことになる日系米国人の主人公はやむを得ず殺人を犯した過去がある。

日系人のコミュニティーを離れ、自己の運命の不条理さをぶつけるかのように倉庫での肉体労働に明け暮れていた。その倉庫の経営者は、法を犯しても平然としているような一筋縄ではゆかない人物。

秘められた過去のある人間ばかりを雇っていた。主人公もそのひとりなのだが、倉庫の経営者は、ひたむきな働きぶりと強靭な精神力を秘めている主人公に魅力を感じ、こう約束したのです。

 「俺は、他人が信用できないから契約に頼ろうとする。ただし、俺は、俺という男自身には多少の信頼を置いている。だから、お前に約束する。契約を曲げることは絶対にしない」。ウーンと唸りたいセリフではないでしょうか。

 大きな約束、小さな約束、重要な約束、軽い約束。人間社会に約束はあふれています。日常生活も約束の連続です。約束がなければ、社会は成り立ちません。子供は「指きり拳万(げんまん)、ウソついたら針千本飲~ます」と約束の厳守を誓います。ビジネスの世界では、約束を果たすことが何よりも重要なことは言うまでもありません。

 「約束は、個人に根ざした生き方」というくだんのセリフ。チャンドラー流に言い換えれば「会社は、強くなければ生きて行けない。約束を守らなければ生きる資格がない」ということになるのですが、さて。

(聖生清重)