FISPA 便り「『matohu(まとう)』の手のひらの旅」

 ずいぶん、と言っても、10年か15年前だったと記憶していますが、東京・浅草にある小さな博物館で「刺し子」と呼ばれる、かつて東北地方で着られていた普段着のコレクションを見たことがあります。

 百聞は一見に如かず、と言いますが、刺し子を前にしたとき、その存在感の大きさに、ただ、ただ、圧倒されました。藍色の布地に糸を何度も何度も刺した布地で作られた普段着は、野良着と呼ばれる仕事着であり、普通の生活シーンで着られる普段着でもあるのですが、厳しい北東北の自然に生きた人びとの息遣いが聞こえてきて、息苦しくなるような気持ちになりました。

 その「刺し子」のひとつである「こぎん刺し」(津軽地方に伝わる刺し子)に想を得て、その模様を現代化したコレクションにお目にかかりました。デザイナーブランド「matohu(まとう)」の堀畑裕之・関口真希子さんが先日、アマゾン・ファッション・ウィーク東京19年春夏で発表したコレクションです。

 二人が津軽を旅して出合った「こぎん刺し」の、幾何学的な模様をあしらったコレクションは、浅草で見た「刺し子」とは異なるものでしたが、その根底に流れている「衣」への思いには共通するものがありました。その心は、「衣」を大切にする、というものだと思います。

 「matohu(まとう)」は、今回のコレクションでは発表の仕方も変更しました。モデルが着て見せた作品は3体のみ。多くの時間は、二人の津軽の小さな旅の映像でした。しかし、映像が終わると、四角い会場の三方には、マネキンが着たコレクション作品が並べられていて、招待者は手で触れて見ることができました。

 日本の美を追求してきた「matohu(まとう)」が、今回から追求するテーマは「手のひらの旅」。その船出のイベントが「こぎん刺し」とコレクションの発表形態の変更だったのです。

 会場には、アパレルのほか、水分が多くて木材に向かないブナの木を使った「ブナコ」と呼ぶ器も並んでいました。新しいテーマによる創造は、今後、アパレル以外のライフスタイル全般に広がる予感を感じさせるものでした。全国各地の工芸品は、クールジャパンの一つですが、そこに「matohu(まとう)」の創造性が新たな光を当てることを期待したいと思います。        

(聖生清重)