FISPA便り「泣いてもいいよ!」

 所得倍増計画で知られる1960年代前半の池田勇人首相のモットーは「寛容と忍耐」でした。筆者は当時、中学生でしたが、何故かそのフレーズを時々、思い出します。特に、昨今、“ネット炎上”に見られるように、社会全体に寛容さが低下していると感じる出来事が報じられるたびに、池田首相の気持ちに思いを馳せるようになりました。

 そんな時、思いがけない新聞記事を目にしました。去る5月17日付日本経済新聞「神奈川・首都圏経済」版に出ていた小さな記事は、このようなものでした。「東京都世田谷区の保坂展人区長が、地域全体で乳幼児の泣き声に寛容になろうと呼びかけるプロジェクトを始めると発表した」とのニュースです。「“泣いてもいいよ”」と記したステッカーを配布して区民らにスマートフォンなどに貼り付けてもらい、子育てを応援する機運を盛り上げるそうです。

 乳幼児の泣き声は、確かに「うるさい」と感じることもあります。静粛さが求められる場所に乳幼児を連れて行くのは論外ですが、例えば電車の中での赤ちゃんの泣き声はどうでしょう。車中の乗客の様子を観察すると、あからさまに眉をひそめる方もいます。どことなくいらだっている方も見受けられます。

 かく言う筆者はどうか。「うるさい」と思わないことはありませんし、「早く泣きやめさせて」と思うこともあります。表面的には平静さをよそおっていても、残念ながら内心ではいらだっていることが否定できません。そんな時、「ああ、俺は寛容さが低下しているナ」と反省するのですが…

 世田谷区の取り組みが、今後、どう展開するのか、行方を注目したいと思います。乳幼児が泣いてもいい社会。そんな社会は、確かに子育てがしやすい社会でしょう。電車の中で泣きわめく赤ちゃんを必死にあやして泣きやめそうとしているお母さん。その苦労が少しでも減るかも知れません。

 「泣いてもいいよ!」プロジェクトは、子育てを応援する、味のあるプロジェクトだと思います。赤ちゃんの泣き声に寛容な社会は、ビジネス社会でも寛容さが漂う組織とかさなります。何らかの失敗に対して、責任はしっかり問うものの、必要以上の制裁を加えない、長引かせない、そうした組織風土は社員の活発さにつながるのではないでしょうか。

 ちょっと飛躍するかもしれませんが、地球規模で強権的な指導者が目立ち、社会の分断が伝えられる現代国際社会にあっても寛容さが不足しているように思われてなりません。「世田谷区の赤ちゃんがうらやましい!」。 

(聖生清重)