FISPA便り「吉野さんのノーベル賞受賞と風土」
旭化成名誉フェローの吉野彰さんの2019年ノーベル化学賞受賞は、その後の台風被害やラグビー日本代表チームの活躍もあって、報道量が減少しているように見えますが、誇らしさはいささかも減少していません。改めて、受賞を祝い、喜びたいと思います。
吉野さんの受賞で、真っ先に思ったことは、ノーベル賞級の研究開発を実現する独創性を持った人の資質についてです。このことは、以前、この欄で触れましたが、ざっと記すと①知能度が高い②他人と違うことをしても恐れない③粘り強く自分の意見を変えない④人を説得する能力、の4つというものです。
同時に思い出したことがあります。旭化成の中興の祖で、名経営者だった故宮崎輝さんにお聞きしたことが強く、印象に残っています。宮崎さんは、無類の勉強家として知られた経営者でした。旭化成の多角化の先鞭をつけ、実績もあげました。
筆者は現役の繊維記者だった時、その宮崎さんにこう質問したことがあります。「企業が研究開発を成功させるには、どうしたらよいのですか?」その返答はこうでした。「優秀な研究者をトップにした研究室をつくることだ」優秀な研究者が研究所という組織の運営に時間をさかれないようにすること。優秀な研究者が誰にも邪魔されないような環境をつくること。「〇〇研究室」は、そうした意味だったと記憶しています。
ノートパソコンやスマートフォンなどの電源として、今日では必要不可欠なリチウムイオン電池の開発が、宮崎さんが何よりも愛した旭化成から生まれたのは、様々な要因があったと思われますが、宮崎さんが目指した「自由な研究風土」が後押ししたのではないでしょうか。研究開発が成功するためには「運」も必要でしょうが、研究を継続するためには研究費を投じる企業の度量も必要でしょう。本人のたゆまぬ努力とそうした環境が吉野さんの快挙に結びついたのだと思います。
そんなことを考えていて、連想したことがあります。ファッション企業では死活的に大事なクリエーションを成功させる秘訣は何か、ということです。科学分野の研究開発、技術開発とファッション分野での開発を比べることは無意味かもしれませんが、独創性、つまり、クリエーション能力のある人材にフルに腕を振るってもらうことが、ひいては企業に収益をもたらすことでは同じではないでしょうか。
(聖生清重)