FISPA便り「自分は弾に当たらない?」
新型コロナウイルス感染症の拡大に関連して、主として若者が深刻に受け止めておらず、不要と思える外出をしているとの報道を聞くたびに、駆け出し記者だった数十年前にお聞きした、太平洋戦争経験者の印象深い話を思い出します。ある素材メーカーの副社長だった方、仮にAさんとしますが、そのAさんの体験のことです。
Aさんは塹壕にこもって、実際に銃で撃ちあった体験があったそうです。Aさんが副社長を務める会社の現状や今後の戦略などをお聞きする取材で、何故、そんな話になったのか、前後の脈絡は全く記憶にありませんが、その時、くだんの副社長が話した内容は、今でも鮮明に覚えています。
静かな口調で話したAさんの話はこんな内容でした。「塹壕に入って銃で敵を撃つのだけれど、塹壕から顔を出して撃つ勇気はありませんでした。銃を頭上に上げて打つのだから、敵に当たるわけはない」。実際、そうなのでしょう。塹壕の中から立ち上がって撃つ。怖くてできないのが人の子ではないでしょうか。敵も、もちろん、そうだったと言っていました。
さらに、Aさんが話してくれた体験は、新型コロナウイル感染の防止でも当てはまる内容でした。Aさんは、こうも話してくれました。「頭上を鉄砲玉が飛ぶのだけれど、隣の戦友に当たることはあっても、自分には当たらない、と思っていました。多分、隣にいた戦友も同じことを考えていたのでしょうね」。
戦場で鉄砲玉が頭上を飛ぶ。怖いですよね。敵も塹壕の上に手を出して、あてずっぽうで撃っているとしても当たらない保証はありません。しかし、「自分には当たらない」と思う。何故、そう思うのか。あえてそう思うようにしていたのか。真意はわかりませんが、なんとなく、そうなのだろうな、と思えるのではないでしょうか。
その辺の心理を心理学者ならうまく説明してくれるかも知れませんが、筆者が「コロナウイルス感染拡大」との関連で思ったことは、外出自粛をしない若者(だけではありませんが)は、Aさんが戦場で体験したように「自分以外のだれかは感染するかもしれないが、自分だけへは感染しない」と思っているのではないか、ということです。
安倍首相は7日に緊急事態宣言を発令しました。Aさんは、自分の意志で戦場に赴いたのではありません。それにたいして現代の若者は(すべての世代もそうですが)、自分の意志で不要不急な外出を自粛することできます。「自分だけは感染しない」でなく「自分も感染する」との危機感を共有し実践したいと思います。コロナウイルス感染症の一日も早い終息のために。
(聖生清重)