FISPA便り「不況期の好況対策」

 春3月、本来なら卒業、定年などで人々の別れと出会いが増える時です。この時期は、日本人が大好きな桜花が咲き誇り、別れと出会いに花を添えてくれます。春は、また、人事の季節です。多くの企業や団体、各種法人、学校も人事異動が行われ、悲喜こもごものドラマが演じられます。

 しかし、今春はコロナウイルス感染症が楽観できない状況にあり、通常の春のようにはゆきません。昨春もそうでしたが、別れと出会いにつきものの酒宴は自粛せざるを得ません。長年の功労者に対しても送別会が開けない、卒業旅行はもってのほか、新人歓迎会は企業も学校もご法度、といった具合で無念というほかありません。

 そんな思うにまかせない、やるせない状況下、ふと、東レの中興の祖であり、繊維業界の重鎮だった、故・前田勝之助さんが口癖のように話していた経営哲学の一端を思い出しました。「好況期の不況対策。不況期の好況対策」です。詳細は失念しましたが、要は不況期にこそ、必要な設備投資や人材投資を行い、次にやってくる好況に備えること。

  当時、ある役員にこんなエピソードを聞いたことがあります。不況期に当初予定していた新人採用数を削減したことがあったそうです。不況が深刻な時でしたから、採用減は妥当な判断だと思われます。現に、コロナ禍の今、採用を抑制したり、取りやめる企業が増えています。やむを得ない判断だと思いますが、その時、前田さんは激怒して採用担当役員を強く叱責したのだそうです。「不況の時だからこそ、断固、優秀な人材を採用することが必要なのだ」と。

 この話。実は、前田さんの本心は、「立てた計画を安易に修正するな」というものだったのです。このエピソードを話してくれた、くだんの役員は「不況期の好況対策」は多くの企業が行っているでしょう。「好況期の不況対策」も行っているでしょう。しかし、前田さんの激怒は、「不況期の好況対策」に対する本気度を示していると思いますと解説してくれました。 なぜ、コロナ禍における「別れと出会いの季節を彩る酒宴の自粛」という、やるせない状況から「不況期の好況対策」という前田さんの口癖を思い出したのか。人の交流がかなわない、こんな時代を「不況期」(現に多くの企業が業績悪化に苦しんでいます)とすれば、この時こそ、次の好況期への備えをしよう、ということなのです。

  そして、こうした対策は、個人の人生にもあてはまるでしょう。コロナ終息後に備えて、今、何をなすべきか。名案は浮かびませんが、筆者は筆者なりに「前田さんに怒られないように」しようと思います。最も、「当初の計画」そのものを見つけなければいけないのが現実なのですが…。   

(聖生清重)