FISPA便り「ステイホームの五輪の夏に」

   コロナ感染拡大が収まらない中で開幕した五輪。移動の自粛が求められる2021年夏。開催か、中止か、開催の場合でも有観客か無観客かで、世論が割れ、日本でも国民の分断が進んでいるとの見方も聞かれます。

 果たして、何が、正解なのか。かくいう自分の考えの本心はいったいどこにあるのか。TVの五輪中継からは目がはなせません。その一方で、コロナ感染状況も気になる。自問自答する毎日です。多くの方がそうした、どこか割り切れない思いを抱きながら、五輪報道に手に汗握っているのではないでしょうか。

 ステイホームでTV観戦の夏。ふと、30年以上も前の現役記者のころ耳にした、ある経営者の一言が突然、よみがえりました。ある合繊メーカートップのことです。その会社は、別のライバル関係にある同業の会社と事業の移管をめぐって交渉していた時のことです。くだんのトップは、ある時、こうもらしたのです。 

 「あの会社の強さの秘密がわかった。何故なら、今回の交渉で当社は、交渉に必要な調査は十分行い、万全の態勢で臨んでいる。しかし、あの会社は交渉ではおそらく必要ないと思われる領域というか、範囲まで調べ分析している。交渉していてそう感じるのだから、おそらくそうなのだろう」

  無駄になることがわかっているような部分まで、事前準備段階で調べ、検討している会社、確かに交渉相手としたら手強いに違いありません。

  五輪の金メダルまでの、本人しかわからない、想像を絶するであろう努力の日々。天賦の才も強い味方になったでしょう。家族、コーチ、仲間などの支えも背中を押してくれたでしょう。でも、数多くの努力のうち、その何パーセントかは、それがなくてもメダルを獲得できたかもしれません。しかし、なくても良かった「努力」があったればこその金メダルとも言えるのではないでしょうか。

  相手より深く、広く事前準備する。スポーツの勝負やビジネスでの交渉の結果は、事前準備の深さ、広さに関わっている。アスリートたちがインタビューで述べる「努力は嘘つかない」との意味はそうなのではないか、と思います。  

  そんな理屈をこねるより、世界最高峰のスポーツを純粋に楽しもうと思います。その楽しみの一つは、勝者、敗者の弁です。TVや新聞報道で知った、柔道60キロ級金メダルの高藤直寿選手の「豪快に勝つことはできなかったが、これが僕の柔道です」、体操で「キング」と呼ばれた内村航平選手の「これだけやってきても失敗することがある。(体操は)面白さしかない」は、下手な理屈を超越した深みがあると思いました。

              (聖生清重)