FISPA便り「本当の原点主義とは何か」

 「原点主義」を信奉している、あるいは「原点主義者」と陰口をたたかれている人は、どんな組織にも一定数、存在するのではないでしょうか。何か問題が起こって、その解決策を探る。新しい商品や事業展開を模索したりする際、ほとんどの企業ではしかるべき会議を開くでしょう。

 そんな会議での議論の最中に、「原点に戻って考えよう」と発言する人。いるでしょう。必ずといってよいほど「あなたの隣り」に存在しているのではないかと思います。ちょっと議論がつまってくる。会議参加者の発言が少なくなると、原点主義者はきまって「原点に戻って考えよう」と発言する。発言自体は批判されるべきではありませんし、妥当な発言です。

  しかし、そうした「原点主義者」は、えてして、原点から考えよう、と言うだけで終わるケースが少なくない。「原点に立ち返って考えると、こうだ」とか「具体的な提案がない」原点主義者に不満を抱いた経験は多くのビジネスパーソンが共有しているのではないでしょうか。

   ここまで書いて、思い出したことがあります。筆者の現役時代のことです。ある同世代の人物の口癖は「検索」でした。当時、パソコンは普及していませんでしたから「検索」という言葉には特別感がありました。その「検索」を会議のたびに多用するのです。「検索した結果、こうだ」とは言わないので、ある日からその人物を「検索君(ケンサク君」を呼ぶようにしました。

  何でこんなことを思い出したのか。五輪を直前にして首都圏など大都市圏のコロナ感染が急増しています。その一方では、ワクチン接種の進展で局面が変わることへの期待が現実味を帯びています。そして、繊維・ファッション業界でも誰もがポストコロナへの備えを整えつつあると推察されます。

  そんな中、オンワードホールディングス傘下のオンワード樫山が「消費者参加型」の服作りを開始したとの報道を目にしました。新ブランド「ハッシュニュアンス」は、企画段階から消費者の声を商品に反映した取り組みです。そうした作ったシャツは同社グループの通販サイトで9月から販売する予定だそうです。

  消費者の声なり、ニーズを反映したブランド開発自体は目新しいものではないでしょう。しかし、コロナ禍で変化する消費者ニーズをオンライン会議やオンライン座談会、試着会を繰り返して作り、出来上がった商品は写真共有アプリ「インスタグラム」で紹介し、人気投票を実施し、結果に応じて生産数量を決める、という手法は斬新です。これなら廃棄とも無縁です。

  企画、生産、販売の一連の流れを服作りの原点にさかのぼってつくりあげたこの試みは、本当の「原点」だと思います。         

 (聖生清重)