FISPA便り「リアルな励まし」

 ちょっと心温まる一文を目にしました。読売新聞4月10日付「気流」欄に掲載されていた、80歳の主婦の投書です。「私が昨年夏に1か月余り入院した際は面会全面禁止。病室がある6階から、病棟前の芝生に立つ夫と『お~い変わりないか。頑張れよ』などとスマホで会話し、姿を見て心は少し安らいだ」と書いていました。

 コロナ禍では、誰もが似たような経験をしたり、しているのではないでしょうか。感染終息の出口は、まだ見えませんが、コロナとの戦いではワクチン接種と経口薬という武器も手に入りました。感染対策を講じた上で、必要な社会経済活動を行うウイズコロナが新しい日常になっているように思えます。しかし、現実は、投書の老婦人のように「今も近所の人以外は面会を自粛している」方が少なくないように思えます。

 誰もが安心して外出し、寄り集まって会食しながら会話の花を咲かせる状況ではありませんが、マスク、手指消毒、密の回避を徹底しながら、日常を取り戻すことは推奨できるのではないでしょうか。実際、社会はその方向に動いているようです。

老婦人の一通の投書から飛躍するようですが、繊維・ファッション業界でもリアルのファッションショーやテキスタイル、アパレル製品などの展示商談会が行われるようになりました。人が集まることを前提にしていた講演会や大規模な会議でもリアルに加えてリモートを取り入れたハイブリッド方式が定着しつつあります。

テキスタイルの評価では、手触り、風合い、やわらかさやコシといった数値化しにくい感覚がものをいいます。五感に頼る部分が多いことはご承知の通りです。また、展示会場での予期せぬ出会いから新しいビジネスが広がる。取引先ブースの隣のブースで気になる、新しい素材を発見した。展示会を通して出展者同士の交流が生まれ、刺激を受け、それが新たな開発素材の誕生につながるといった効果も期待できます。

コロナ禍で、Eコマース、リモートワークなどが進展し、確実にネット社会がやってきました。この流れは間違いなく後戻りしないでしょう。しかし、だからこそと言うべきでしょう。リアルの価値が今まで以上に高まっていると思います。

「お~い頑張れよ」のエピソードにはほのぼのとさせられましたが、それはそれとして「おい、頑張れよ」と、素直に肩をたたき合える日が日常の方がいいに決まっていますよね。                  

(聖生清重)