FISPA便り「人々を幸せにする産業」

 行動制限のない連休が終わりました。行楽地への旅行、故郷への帰省、近場での買い物や美術館でのアート鑑賞などなど、コロナ前の日常の光景が戻ってきました。交通や宿泊はもとより、商業施設や飲食店も待ち望んでいた賑わいを取り戻しているようです。コロナは終息したわけではありませんが、社会経済活動を回す方向に舵が切られることは間違いなさそうです。

 そんな連休中、先月のファッション産業人材育成機構(IFI)のファッション・ビジネス研究会で、IFIビジネススクール学長でIMD(スイス、ローザンヌ)教授の一條和生氏がリモートで行った講義で話していた「人々を美しくする産業」、「人々を幸せにする産業」と「暗黙知」の言葉がずっと、気になっていました。

 一條学長は「令和時代のリーダーシップ」と題して講義したのですが、「平成時代の過ちを繰り返さないために大事なことは『暗黙知』をどのようにして共有するかだ」と述べた点が筆者には強く印象に残っていたからです。

 それは、全国に散在する織物やニット、染色仕上げなど繊維産地を形成する繊維中小製造事業者が自立するための支援が経産省によって行われた2000年代初めに思いついた方法を思い出したからです。中小繊維製造業者が自立するためには主業の下請け・賃加工から脱して「自主企画・自販」型に転換する必要がある、とされました。

 実際、そのころから「自主企画・自販」で自立した中小事業者は少なくありません。そうした状況下、筆者は繊維記者として多くの経営者を取材しました。その際、多くの経営者から「ベテランの職人が高齢になったのに後継者が育っていない」との悩みを聞かされました。そのとき、ふとひらめいたことは「腕の良いベテラン職人」の技能、つまり、暗黙知を「見える化」して技術の継承ができないか、というものでした。

 IT技術を活用すれば可能なのではないか。そう思って何人かの経営者に話したのですが「難しい」との答えが返ってきました。このエピソードは、筆者の思い出の一種ですが、一條学長の指摘に通じるものがあるのではないか、と思った次第です。

 ものづくりでの「腕の良い職人」だけではありません。小売業にも「販売のプロ」と称される人がいます。会社の数だけ「大事な暗黙知」を体現している「職人」や「プロ」が存在していると思われます。そうした「プロ」の知識や経験を全社共通のものにする。

   一條学長が指摘した「人々を美しくする産業」、「人々を幸せにする産業」を目指して、チャレンジする価値があるのではないでしょうか。  

(聖生清重)