FISPA便り「地球規模では成長産業」

 言葉の力を今回も痛感しました。サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会での「新しい景色」です。五輪もそうですが、国際的な大きなスポーツ大会では、長く記憶に残るだろう言葉が飛び出します。「新しい景色」は、日本チームが目指した試合結果をわかりやすく、それでいてちょっとおしゃれに表現していて感心しました。

 「新しい景色」は、言葉としてはとりたてて新味があるわけではありません。日常的にも使われる言葉でしょう。しかし、W杯でベスト8に勝ち上がったことのない日本サッカー界にとっては、大きな意味を持っていたことは言うまでもありません。「初めての高み」への決意を述べたものですが、この言葉で日本チームの戦いに臨む心構えを感じ、すっと、胸に入った方も多いのではないでしょうか。

 師走も押しつまってくると、新年を展望する機会が増えます。コロナ禍4年目の2023年に向けては、どんな言葉が登場するのでしょう。そんな思いで繊維・ファッション業界が目指すべき方向性を端的、かつ明確に示した言葉は何だろう、と愚考していた時、東レの中興の祖と言われた故・前田勝之助社長の言葉が強くよみがえりました。

 1987年、社長に就任した前田さんは、当時、成熟期に入っていた日本の繊維産業について「繊維産業は地球規模で見たら成長産業だ」と強調しました。「脱繊維」が合言葉で、繊維各社は非繊維事業に経営資源を振り向けて、東南アジアで展開していた紡績・織り編み、染色加工などの生産からの撤退が相次ぎました。しかし、東レは東南アジアの生産力の高度化を図りながら、グローバル・オペレーションで収益をあげる戦略を推進し、成果に結びつけました。

 この前田さんの言葉は、中小繊維製造業者をも鼓舞する効果がありました。当時、現役の繊維記者だった筆者は、何人もの中小繊維事業者から「勇気をもらった」との発言を聞いたことをよく覚えています。

 ところで、日本漢字能力検定協会が全国から募集した、2022年の世相を表す漢字の第1位は「戦」に決まりました。ウクライナ戦争、W杯での日本チームの戦い、コロナとの戦いなどなど。妥当な結果だと思います。その「戦」は2001年に続いて2回目の第1位です。

 それにあやかるわけではありませんが、前田さんの「地球規模で見たら成長産業だ」も再度、標榜すべき言葉ではないでしょうか。   

  (聖生清重)