FISPA便り「安倍首相に必要な冷酷と情」

去る24日、繊維ファッションSCM推進協議会(FISPA)主催の講演会が開かれました。「知見を広げる」(阿部旭専務理事)ことを目的に毎年開催しているもので、今回の講師は橋本五郎読売新聞特別編集委員。演題は「どうなる、今後の日本」でした。

講演の内容のポイントは「政治に必要な冷酷と情」でした。橋本さんは、最初に宰相の姿勢に触れ、安倍内閣について「支持と不支持が交わるX線が交わらず、支持が不支持を上回っている」として評価しました。しかし、重要政策であるアベノミクスを推進するためには、「断固とした姿勢」と「冷酷な人事」が大事だと小泉首相や中曽根首相のエピソードをまじえて強調しました。冷酷な人事が必要なのは「内閣は政策で倒れるのではなく、スキャンダル、特にお金で倒れる」ことが通例だからです。

しかし、続いて橋本さんは、こう指摘しました。「断固とした姿勢と冷酷な人事が何より大事だが、“情”への配慮を忘れてはいけない」と。例を挙げたのが、自身の母の話でした。

橋本さんの故郷は秋田県琴丘町(現三種町)。雪深いその地で橋本さんのお母さんは、6人の子供を育て上げた後、亡くなるまでの30年間、独り暮らしだったそうです。上京してもたった一泊で「もう、帰りたい」と言ったそうです。何故なら、「先祖様(義母)が寂しがっている」から、と。

そんな橋本さんのお母さんのような老人は少なくありません。都会の人間がポカポカした布団にくるまれている時、暖房用の灯油代を気にしながら雪かきに追われている独居老人。全国に何人いるのでしょう。

橋本さんは、そんな故郷の閉校になった小学校に2万冊の蔵書を贈り「橋本五郎文庫」をオープンしました。開館時には、人口500人の地域で40人(内9割が農家の主婦)もの人がボランティアで参加し、開館3年目には何と2万人もの人が訪れるまでになりました。図書館だけでなく、「母への手紙、父への手紙」を募集したところ、全国から1725通の応募があったそうです。

橋本さんは、講演で安倍政権の重要政策である「地方創生」の言葉はあまり使いませんでした。しかし、地方創生を含む「今後の日本」にとって必要なことは、橋本さんのお母さんのような人の声に心耳を傾けることが大事だ、との指摘はまったくその通りだと思いました。

(聖生清重)