FISPA便り「『座右の銘』の真実とは」

現役の記者時代、業界リーダーや企業トップ、時の人など、実に大勢の方々にお目にかかり、インタビューしました。新聞記事で「人物」を紹介する際、記事を読んだだけで、その人の思想をベースに、トップとしての産業論・企業論・経営論はもとより、趣味や体温まで理解できるように聞き、書くことを心がけました。実際は、理想の半分も実践できなかったと反省するばかりでしたが。

そんなインタビューの際の定番の質問があります。「『座右の銘』を教えて下さい」です。「そんなのないよ」と言われたら、「まあ、生活信条のようなものは…」とか、「普段、心がけていること。あるいは健康法は」など、答えやすいと思われる質問に切り替えたものです。「聞いている自分は、何もないのに…」と内心忸怩たる思いをすることがしょっちゅうありましたが、それはそれ、質問は仕事だから、と割り切って聞いていました。

そうした時が何年も過ぎたころ、ある方がこんなことを言ったのです。「『座右の銘』だって、皆さん、論語から引いたりして、立派なことをおっしゃっていますが、実はその人は、自身が掲げる『座右の銘』が実行できていないから、そうおっしゃっているんではないですかね」。

全く、その通りかも知れません。目指しているものの、目指す目標にとどかない。理想と現実、自己評価と他人の評価の深い落差。論語にある「行くに径(こみち)に由(よ)らず」を「座右の銘」にしている人が、目指す大道を正々堂々と行かずに小道ばかり行っていることは、現実にはありえるでしょう。「誠実」をモットーにしていても、本当に「誠実な生き方」をしているかどうか。胸に手を当ててみれば、胸を張れる人は少ないのが人間界の現実なのではないかと思わないでもありません。

いや、ちゃかしているのではありません。自分が実行できていないからこそ、日々、「座右の銘」を掲げ、自らを律しているのですから。そうなのです。「座右の銘」や「生活信条」といったものは、自らが掲げるものの、実際はできていない。だから、早くそうしたい、早くそうなりたいといった願望、希望なのかも知れません。

ところで、時の人と言えば、来年1月に米国大統領に就任するドナルド・トランプ氏。その信条は「酒、たばこ、コーヒーを口にしない。子供たちにも酒、たばこ、ドラッグを禁止」(日経新聞)だそうです。      

(聖生清重)