FISPA便り「サッカーと野球」
プロ野球大リーグの大谷翔平選手の活躍ぶりは、青葉若葉が美しいこの季節にふさわしい薫風を米国だけでなく日本にも吹かせています。投打の二刀流もそうですが、テレビで見るインタビューでの笑顔は、気負いを感じさせず、礼儀正しく、一言で表現すれば「爽やか」そのもので、まさに良い香りがする風といった印象です。
そんな大谷選手の活躍を見て、ずいぶん前のことですが、ある繊維企業の経営者2人で行った対談のことを思い出しました。1人は専門商社の社長、もう1人は合繊メーカーの専務です。社長は、学生時代、サッカーの日本代表だった人物です。専務は、高校時代はサッカー選手で、その後もクラブでサッカーを続け「娘の結婚式の時、あばら骨を折っていて、頭を下げてあいさつするのに苦労した」エピソードの持ち主で還暦のころも現役選手でした。
対談のきっかけは、専務の友人で、総合素材メーカーの社長だった人物が大学野球で活躍した経験があったこと。2人は酒席を共にする仲でしたが、時に、何かで意見が異なると「野球は―」、「サッカーは―」と例えて議論していました。
ならば、とサッカー派の2人に「サッカー経営論」を話してもらうことになったのです。サッカー好きの2人は「サッカーは、監督が戦略、戦術を指示する。しかし、選手はいったんピッチに出たら状況の変化に合わせて自主的にプレーしなければならない。ボールの行く先を読んで、そこに向かって動かないと対応できない。それに対して、野球は、高校野球で特に目立つが、状況によっては、一球一球監督の指示をあおいでいる」との見解で一致し、「だから、(やるなら)「サッカーの方がよい。自主性を養うことができる」という結論でした。
後日、この話を聞いた野球派の社長は、こうコメントしました。「だいたい、スポーツは全身でするもので、(ゴールキーパー以外は)手を使ってはいけない、ということ自体がおかしい」。
サッカー派の対談も野球派の社長のコメントも、他意はありません。笑みを浮かべながらの対談であり、反論ですが、その割には3人とも真剣でしたが、さて、このコラムを読んでくださっている方はどうでしょう。
もとより、サッカー派であっても、大谷選手の活躍ぶりを称えることに異論はないでしょう。
(聖生清重)