FISPA便り「人権でも先行産業に」
「繊維産業は先行産業」とは、かつて、名経営者で繊維業界の重鎮だった二人の大先輩の口癖でした。旭化成の宮崎輝さん。旭化成を繊維メーカーから総合化学企業に育て上げ、その一方では日本繊維産業連盟会長として、業界の発展に尽力しました。なかでも中小繊維製造企業の振興には意を配り、時に行政とも激しくやりあいました。その宮崎さんが、生前、名経営者として認めていたのは東レ社長で日本繊維産業連盟会長だった前田勝之助さんでした。
先行産業とは、こういう意味です。繊維産業は他産業に先駆けて勃興、成長したものの、時代の変化につれて成熟期に入る。その間、例えば、貿易摩擦も他産業に先駆けて経験する。成熟という名の衰退トレンドに直面しても、経営の多角化で企業の永続と成長を続ける。労務でも、工場の働き手を高校や短大を併設して、働きながら学べるようにした。
そうした歴史を経験した産業は、いわばパイオニアであり、そのスピリットを忘れてはいけない。繊維産業は、先行産業らしく、いつの時代でも時代を切り開く存在でなくてはならない、と話していました。今日の旭化成、東レを見れば、お二人の口癖が本物だったことが証明できると思います。
ふと、二人の大先輩の口癖を思い出したのは、技能実習生制度で繊維業界は不正行為が多い業界との烙印を押されたからです。前々回のこの欄で触れましたが、「繊維業界は外国人の技能実習で、特に縫製業界で最低賃金の不払い、長時間労働など法令違反が数多く指摘されている」(世耕弘成経済産業相)のが現実なのです。
経産省、繊維業界は、人権を無視したかのような不正行為の是正に向けて動き出しています。ことは、不正行為を行っている当該企業が改めなければならないことは言うまでもありませんが、それらの企業に発注する企業もサプライチェーン全体への配慮や、適正な単価での発注など、取引の適正化、健全化を図る必要があると思います。
人権に配慮する。地球環境にも配慮する。当たり前のことです。こうした課題に対しても、繊維産業は、本来の先行産業としての立ち居振る舞いを示してもらいたい、と大先輩は泉下で切歯扼腕しているのではないでしょうか。
(聖生清重)