FISPA便り「30㎝の世界」さようなら
ずいぶん前のことですが、ある経済官僚がこんなエッセーを書いていました。「ある時、突然、『30㎝の世界』にだけ生きていることに気づき愕然としました。あまりにも狭い。狭すぎる。以来、これでは、まずい、と朝晩の通勤時には、意識して遠くを見るようにしています。そうすると、新しい世界が広がります」。と、こんな趣旨でした。
30㎝の世界とは、こういうことです。朝、起きると新聞に目を通す。役所に入ると、書類を読みまくり、書類を書き、パソコンに向かい、必要な業務をこなす。会議でも書類に目を通す。通勤の途中は主に本を読んでいる。そう、自分の目から30㎝しか離れていない文字ばかりを見つめて一日、一日を過ごしている。
くだんの官僚の「30㎝の世界」は、おそらく多くのビジネスパーソンの日常でもあるでしょう。新聞、書類、本。パソコンに携帯電話・スマートフォンを加えれば、もう立派な「30㎝世界の人」になるでしょう。このコラムを読んでくださっている貴方、貴女も、正真正銘「30㎝世界の人」かも知れません。「私は、営業だから会社の外でお客様と話している時間の方が圧倒的に多い」とおっしゃる方も、相手との距離はせいぜい2m程度。30㎝の世界とは大同小異と言うべきでしょう。
もとより、30㎝の世界に生きていることを否定するものではありません。そうではなくて、人間であるからには、時には地平線の彼方は無理としてもできるだけ遠くに視線を向けたり、都会では輝きが薄いとはいえ、それなりに美しい星空を眺めたりして宇宙の深淵を身体で感じる時間が必要なのではないでしょうか。東京都内でもその気になれば、冬の季節なら多くの地点で富士山を遠望することができます。
仕事で壁にぶつかった時、人間関係や生き方に悩んだりした時。そんな時には一人で遠くを見たらいかがでしょう。こころが平静になり、悩み事の解決のヒントや行き詰まったビジネスの打開策が浮かぶかも知れません。暑く、長そうな今夏。思い切って「脱・30㎝の世界」を実践することで暑い夏を乗り切り、夏の後に来る実りの秋を、より実りのあるものにしようではありませんか。
(聖生清重)