FISPA便り「大震災と取引における信用」
大震災に見舞われたときの経営者の対応で、実に感動的な実話があります。
大正12年9月1日に東京を中心に襲った、あの関東大震災に遭遇した栗原紡織(現ダイドーリミテッド)社長の栗原幸八が主人公です。幸八は、関東大震災の当日に予定していた羊毛原料から製品までを生産する一貫工場の竣工式に胸を躍らせていました。ところが、心血を注いで建設した最新鋭工場は操業開始を直前にして、一瞬の間に瓦礫の山と化してしまったのです。まさしく天国から地獄への暗転です。
その幸八は、失意のどん底にあったにもかかわらず、従業員の前で再建を力強く宣言するとともに、従業員に記憶に残っている全ての負債を記して提出するように求めました。「人様からお借りしたものは、何が何でも返さなければいけない」と。
実際、同社は数年で再建を成し遂げ、負債は10年かけて債権者を草の根を分けるように探し出して完済しました。
東日本大震災では、企業規模の大小を問わず、不幸にして関東大震災に遭った「幸八の境遇」に置かれている人も多いことでしょう。縫製業者も少なからず被災したと報じられております。
大震災の犠牲者、被災者にはこころからお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りしますが、失意の底にあって「信用」を最大価値にして行動した人間がいた事実を知っていていただきたいと思います。
東日本大震災に関連してSCM推進協議会には、原発への風評や納期遅れを理由にした受け取り拒否が行われているとの報告が寄せられています。
そこで、SCM推進協議会は会員各社に馬場彰会長名で下請法の遵守など「取引正常化」をお願いする文書を送付しました。
大災害に見舞われた異常事態ではさまざまな不安はつきものですが、ここは歯を食いしばって「幸八」が実践した「信用」を忘れずに、互いに手を携えて難局を乗り切りたいものです。
(聖生 清重)