FISPA便り「残存者利益への思い」

 ニッケが、染色整理加工のソトーの株式を追加取得し、保有割合を現在の1.7%から9.2%に高めると発表した、との先日の新聞報道を見て、しばらく忘れていた「残存者利益」という言葉を思い出しました。市場が縮小し、撤退が相次ぐ業界にあって、あえてそこに留まることで寡占のメリットを手に入れる、との戦略のことです。

 ニッケは、毛糸・毛織物大手で業界のリーディングカンパニーです。ソトーも羊毛工業界では毛整理と呼ばれる、ウールを中心にした染色加工大手で、こちらもリーディングカンパニーです。その両社の親密な関係をベースにした協業は、新製品・新加工技術の開発や生産体制の連携で多くの効果を発揮することが期待されます。

 国内の羊毛紡績、毛織物生産、毛整理加工を含めた羊毛業界は、規模の縮小に歯止めがかかっていません。合繊や綿も同様に、厳しい状況が続いています。アパレル製品の輸入浸透率が97.6%に達する中で、主要な販売先である国内アパレル企業が得意とするアパレル製品の中間ゾーンが低迷傾向にあることが大きな理由だと思われます。

 日本のテキスタイルは、一部のテキスタイル製品が世界的なラグジュアリーブランドに使用されているほか、中国の中高級アパレル市場でもニーズが出ていると言われ、現に海外での展示商談会に出展している常連組は、大いに健闘しています。しかし、全体でみると、生産規模の縮小が止まっていない状況に変わりはありません。

 そんな中でのニッケとソトーの連携です。ベターゾーンのアパレル製品の中核的素材であるウールを中心にした両社の協業は、競合する他社にとっても歓迎できる出来事でしょう。国内市場全体の底上げにつながる技術を開発し、さらには日本代表として海外市場でも実績をあげることを期待したいと思います。

 筆者が70年代に繊維記者として取材していたころ、羊毛業界人はこう話していました。「羊毛工業は、先進国型産業だ。何故なら、生きている羊(ひつじ)の毛を扱っているのだから」。そのココロは「羊毛工業の競争のポイントは、単なる生産コストにとどまらず、高度で職人的な加工技術やデザイン力にある」というものでした。

 「残存者利益」は、いささか否定的な響きがあるかもしれませんが、そうではなく、前向きな響きもある、と受け止めたいと思います。   

 (聖生清重)