FISPA便り「“世界に冠たる”は本当?」
繊維ファッション産業SCM推進協議会の「経営トップ合同会議」の論客として知られる、一村産業社長の石井銀二郎さんが、東レの常務から一村産業社長に転身した直後に雑談した際の石井さんのある発言がずっと気になっています。
石井さんはこう言いました。「(繊維人は)ことあるごとに『日本の繊維は世界に冠たる』と形容するが、本当にそうなのか。冷静かつ科学的に分析するとそうは断言できないのではないか」。東レの繊維事業、液晶材料事業で敏腕をふるい、激動の社史を生き抜いてきた一村産業の社長の発言ですから、筆者の胸にグサッと突き掛かるような感じでした。
ふと目にした新聞記事が「石井説」を補完してくれました。朝日新聞8月24日付解説面の沼上幹・一橋大学商学部長の「『ものづくり』感情的な言葉ゆえ議論阻む」と題した小論です。「ものづくり」という言葉は、例えば、「日本のものづくりを守れ」という場合、守るのは「雇用」なのか「匠の技」なのか「高度技術なのか」。聞く人によって違うイメージを抱くように多義的であり、しかもその言葉が感情に強く訴えるパワーを持っていることから「議論を通じた自己改革を阻害する」と警鐘を鳴らしていました。
確かに、業界リーダーや有力企業のトップ、繊維行政の担当者、業界マスコミなど、関係者が日本繊維産業の現状と今後を語る時「世界に冠する」を枕詞のように使っているのではないでしょうか。
昨年の日本のテキスタイル輸出は、超円高にも関わらず史上最高でした。世界最大のテキスタイル見本市、プルミエール・ヴィジョンアワードでも日本は入賞の常連です。パリの高級ブランドの多くに日本のテキスタイルが使用されていると言われます。
「世界に冠たる」は、実態とそんなにかけ離れてはいないように思えます。しかし、国内繊維産業の規模の縮小には歯止めがかかったとは断言でませんし、好況感はほとんどありません。「世界に冠たる」を本物にするための論理的、科学的な分析が必要なようです。真の自己改革のために。
(聖生清重)