FISPA便り「お薦めの一冊」

 平成から令和になった2019年。もうすぐ師走のある日、新聞の書評か何かでその一冊を知り、さっそく買い求めて読んでみました。「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?経営における『アート」と『サイエンス』」(光文社新書)。著者の山口周氏は、経営コンサルタントですが、本書を読むとその博識ぶりに驚かされます。同時に慶應大学大学院哲学科で哲学を学んだ人らしく、人間の本質を洞察したと思われる分析がなされていて、ページをめくるたびに「なるほど」と思わされました。

 同書が指摘している問題意識は「なぜ、世界のエリートは『美意識』を鍛えるのか?」ということです。「こけおどしの教養を身につける」ためではありません。これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない、と考えているかです。だからこそ、グローバル企業は世界的に著名なアートスクールに経営幹部を送り込んだり、知的専門職が早朝のギャラリートークに参加しているのだそうです。

 同書のポイントを要約するとこうです。現在の世界情勢は「VUCA」の4つの単語で表せる。順に「Volatility」(不安定)、「Uncertainty」(不確実)、「Complexity」(複雑)、「Ambiguity」(曖昧)です。こうした世界では「全体を直覚的に捉える感性と『真・善・美』が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や想像力が求められる」ことになる。どうしたらよいか。そこで山口氏が具体的に指摘しているのが「アートが主導し、サイエンスとクラフトが脇を固める」意思決定の方法の重要性です。そうすることで世界中の市場で発生している「正解のコモディティ化」が避けられる、と言います。

 同書は、第1章の「論理的・理性的な情報処理スキルの限界」から第7章の「どう『美意識』を鍛えるか?」の7章構成です。第1章で印象に残っていることは戦国末期に織田信長、豊臣秀吉と関係のあった茶人の「千利久」を「世界最初のクリエイティブディレクター」だとしている点です。

 「美意識」を核にしたグローバル経営では、西欧のラグジュアリーブランドが実践しています。経営トップの美意識と美意識を形にするクリエイティブディレクターの人選が成功の秘訣であることを証明していると言えるでしょう。経営トップとクリエーター、モノづくりの担当者の「良き関係の構築」は多くのファッション企業にとっても最も重要な課題ではないでしょうか。一読をお薦めしたい一冊です。                   

 (聖生清重)