FISPA便り「しぶとさを発揮する年」
2020年が明けました。東京オリンピック・パラリンピックの開催で日本中にワクワクした空気が漂うのではないでしょうか。限界に挑み、不可能と思われた記録を更新する。そうしたアスリート達の汗と涙の物語は、間違いなく大勢の人々を感動させるに違いありません。昨年のラグビーワールドカップでの日本チームの活躍は、まだ、脳裏から去っていません。
世界に目を向けると、米中対立、イラン情勢、グローバル化のきしみ、社会の分断など難問山積です。繊維・ファッション業界も中核であるアパレル産業が供給過剰を背景に低迷が長引いています。特に、日本アパレルが得意とする中間ゾーンが不振で、デジタル革命、ECビジネスの成長のなかで、今年も厳しい状況が続きそうです。
そんな年頭にあって、ふと思い出したことがあります。多くの業界団体が主催する新年賀詞交換会でのことです。企業トップが参集する賀詞交歓会。その会場の雰囲気や参加者の立ち話は、その時々の当該業界が置かれた環境や景況感を反映していて、記者にとっては必須の取材現場でした。ですから現役の繊維記者だった時はせっせと足を運び、主催者のあいさつや来賓の祝辞のメモをとるとともに会場内で多くの経営者に話を聞きました。
いまでも忘れられない発言があります。1980年前後か80年代初頭だったと思います。当時、繊維業界は日本橋の繊維会館で賀詞交歓会を開いていました。主催は日本繊維倶楽部(その後、解散)で、参加者は紡績会社を中心に、合繊メーカーや織布業などの団体役員、来賓として通産省(現・経産省)の担当官が出席していました。
戦後、日本経済の復興をけん引した紡績業は、すでに成熟から低迷の時代へと入っていました。明るさに包まれた新年とは言えない年頭の賀詞交歓会での忘れられない発言とは、日清紡績(現・日清紡ホールディングス)の名経営、一方では日経連の会長として戦後の日本経済の礎を築き、池田勇人内閣時には「財界四天王」の一人として国政にも貢献した故・桜田武さんのものです。
桜田さんは、乾杯のあいさつを求められて、こう述べました。「私は、この会に出るのを楽しみにしています。何故なら、しぶとい皆さんに会えるからです」。何度も不況を乗り切ってきた繊維業界。その面々を前にしての発言です。「しぶとさ」を信条とする繊維人なら現下の厳しさも乗り越えるに違いない。乗り越えてもらいたい。そんなメッセージでした。
会場の参加者から「この話を聞きたくて来たのですよ」との感想を聞いたこともあります。にこやかな笑みをたたえて「しぶとい繊維人」のスピリッツを鼓舞した桜田さん。今年の年頭にこそふさわしい発言ではないでしょうか。
(聖生清重)