FISPA便り「馬場会長の履歴書番外編」
某日某夜。熱燗を飲みながらの会話です。
「最近、気に入った本はどんな本ですか?」。「孤愁の岸だな。あれは、いいよ。感動したよ」。「そうですか…」。
質問したのは、筆者です。答えてくださった方は、繊維ファッションSCM推進協議会(FISPA)の馬場彰会長です。日本経済新聞の馬場さんの「私の履歴書」はお読みになったと思いますが、その履歴書に一味、付け加えたいと思い“馬場彰のもう一つの真実”を書かせていただきます。
それが、冒頭の「孤愁の岸」の話です。杉本苑子作の著作本ですが、筆者はその時、読んでいませんでした。翌日、早速、本屋に駆け込み「孤愁の岸」を買い求め、一気に読みました。
物語は、薩摩の軍事力を恐れる幕府が、薩摩藩の力を削ぐために木曽、長良、揖斐3川の分流工事を強い、それに対して薩摩藩の義士が命を懸けて難工事を完工したものです。指揮をとった奉行は、藩士の献身的な働きを鼓舞し、難工事を完遂しますが、命を受けた時に覚悟していた自死の道を従容として受け入れます。そんな奉行の立場に立たされた時、果たして自分なら、いったい、どんな精神状態に置かれ、どんな行動をとるのだろう。
通勤電車の車中で「孤愁の岸」を読みながら、涙をこらえるのが大変でした。後日、同書の感想を馬場さんに話しました。「いやあ、電車の中で読んだのですが、涙をこらえるのに苦労しました」。その時、馬場さんは、即座に「あれを読んで泣かない奴は人間じゃないよ」。
経営者としての馬場さんは、一言でいえば「『しょうがない』は、無い」人、だと思います。一般景気が悪い。個人消費が低迷している。天候に恵まれない。上司が悪い。部下が悪い。あるいは、国が悪い。理屈はいくらでも挙げられます。しかし、そうした「しょうがない」を“知恵と体力”で「しょうがなくする」ために、敢然と前に向かってフル回転する。馬場さんの真骨頂だと思います。
「怒られた時は、震えあがった」(阿部旭FISPA専務)怖い人ですが、実像は、酒と涙が似合う人情家なのです。
(聖生 清重)