FISPA便り「手こそは人間の第2の頭だ」

 世はまさにデジタル革命の真っ只中にあるのでしょう。コロナ感染症関連の情報が連日、大量に発信されているため、世の中は「コロナ一色」のように思えますが、人々の社会経済活動は制約を伴いながらも粛々と営まれています。その営みでは企業活動はもちろん、国や地方自治体の住民サービス、個人の生活でもデジタル化が確実に進展しています。

   足元の感染状況は、引き続き厳しいものの、その一方ではワクチン接種の進展もあり、先行きに希望が灯ってきたように思えます。ポストコロナの社会にあって、アパレル業界の市場規模は「7掛け」で推移するのではないか、との見方が出ています。最近の新聞報道でアダストリアの福田三千男会長兼社長も同様な認識を示しています。人口減、高齢化、サステナブルのための過度な生産の抑制をその理由にあげています。

   そんな中でのデジタル革命です。国ぐるみでは菅内閣の重要政策にデジタル化が掲げられています。地方自治体でも住民票など必要な書類をコンビニで入手することができるところも増えています。企業は、縮小が避けられない市場における競争に打ち勝つため、より利便性の高いECを強化しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)の大波がすべての活動に影響を及ぼしているのが現代社会でしょう。

   しかし、だからこそ、と言うべきでしょうか。デジタル時代だからこそ、大事にしたいことがあります。「手」のことです。世界的なテキスタイルデザイナー(本人はテキスタイルプランナーと自称していましたが)の故・新井淳一さんのエッセイを読んでいて、その言葉に出合いました。新井さん自身がそうだったのですが、「手技」とか「手仕事」と呼ばれる、手によるテキスタイルクリエーションのことです。

   創造的な布をはじめ、人々を魅了する美術品や工芸作品、日用品の多くも、言わば「人間の手」から生まれています。最近、あまり聞かれなくなりましたが、日本の創造的なテキスタイルを生み出す際も「匠の技」といった表現が使われました。ファッションデザイナーからも「手仕事」といった言葉を何度も聞いたことがあります。

   その「手」です。新井さんは、情報学者で東大名誉教授の西垣通さんの「手こそは人間の第2の頭だ」との言葉によって「私は私の布の作者になり得た」と書いています。

   コロナ禍や変化の激しいデジタル化による“疲れ”を癒してくれる「第2の脳」によるファッションが生まれたらいいな、と思っています。 

(聖生清重)