FISPA便り「説得は、納得」

 菅首相の退陣表明のニュースを聞いて、とっさに脳裏をよぎった言葉がありました。「説得は、納得」というものです。AKB48グループが最初に人気を集めていた頃ですから、随分、前のことです。ある講演会で放送作家・プロデューサーの秋元康さんの話を聞いたことがあります。人気グループの売り出し方が話のポイントだったと思いますが、その時、秋元さんは「説得は、納得」との言葉で講演を締めくくったと記憶しています。

 以来、「説得」や「納得」が必要な場合には、この言葉を反芻するようになりました。今でもそうです。だれかを、何らかの事情で「説得」しなければならなくなった時、どのように話せばよいのでしょう。手法はひとつではないでしょうが、少なくともその内容を自分が納得していなければ説得どころではないでしょう。自分が納得していない事柄を説得させることは極めてむずかしいのではないかと思います。

 菅首相には、とかく「自分の言葉で語っていない」とか「原稿の棒読み」といった批判がつきまとっています。それはそれとして、本人の胸中には、感染防止のための行動変容など、国民ひとり一人への協力要請がなかなか、浸透しないことへのもどかしさがあった、今でもあるのではないか、と推察されます。強権で行動制限などが行える社会ではありませんから、なんとしても「説得しなければ」と思っても、ままならない。

 そんなことを思いながら「説得は、納得」の言葉を、しばし、考えました。首相は、「3密回避」などの感染対策を「納得」しているでしょう。しかし、「説得」に成功したとは言えない状況が続いています。「説得は、納得」は、その通りだと思いますが、実際は容易ではなさそうです。

 会社組織でも大企業から中小企業まで、経営トップは「自分の方針がなかなか末端まで伝わらない」とのもどかしさ、を感じている方も少なくないのではないでしょうか。どうしたら全社、末端の従業員まで自分の考えなり、方針を浸透させることができるのか。ここでも「説得は、納得」の“秋元説”が通用するのではないでしょうか。

 その上で、かつて現役の記者だった時、ある経営者から聞いた「方針を全社に浸透させるための秘訣」を思い出しました。それは「短く語れ。繰り返し語れ」でした。この言葉も忘れることができません。

 「言葉」というものは、コミュニケーションの手段ですが、人の思いや気持ち、思想がつまったもの、とも言われます。秋の長雨の日々、言葉というものの「便利さ」と「奥深さ」、さらには「伝え方」に思いをめぐらしています。

(聖生清重)