FISPA便り「2040年見据えた繊維技術」

 40年以上も前のことですが、親しくお付き合いしていた、ある合繊メーカーの広報マンが広報から「人工腎臓の営業」部署に異動しました。その人は典型的な文系で医療機器の営業が務まるのだろうか、とひそかに心配したのですが、どっこい、慣れない新天地でもすぐに活躍していました。

   異動に伴い、大学受験勉強以来という猛勉強をして必要な資格も取得したうえのことでした。その元広報マンとは、その後も、時々、居酒屋談義を楽しんだのですが、その際、人工透析器の心臓部には繊維技術が使われていることを知り、繊維技術の奥深さと用途の意外さに驚いたものです。

   何故、こんなことを思い出したのか、というと、経産省が昨年12月に設置した「繊維技術ロードマップ策定検討委員会」(座長・鞠谷雄士東京工業大学物質理工学院特任教授)がまとめた「繊維技術ロードマップ」を読んだからです。

 繊維技術ロードマップは、化繊関係者、大学、研究機関の有識者が2040年までを見据えた繊維技術を共有することで産学官の繊維技術への投資を促進させるのが目的で、特に、取り組むべき技術開発として、着るだけで心拍数やカロリー消費を測定できるスマートテキスタイルの社会実現のための技術・サービス開発、風合いや心地良さのシミュレーション手法の開発、繊維to繊維リサイクルをあげています。いずれも時代が要請しているテーマです。

 同ロードマップの内容は、筆者にとっては難解な用語も多く、その全体像をつかむことができたかどうか、あやしいものだと思っています。しかし、繊維技術開発を行う上での道筋を示し、同時に関係する研究機関の活動情報も盛り込まれていることは、大手の化繊メーカーだけでなく多くの中小繊維製造業者が、新技術、新商品、新素材などを開発するうえで参考になると思われます。

 親しい広報マンが人工腎臓の営業に転じた後の1980年代。繊維業界には「新合繊」と呼んだ新素材が誕生し、しばらく、アパレル市場を席巻したことがあります。超極細繊維を使用して、桃の表面のような感触を生み出す加工を施した「新合繊」は、海外市場でもそのまま「SHINGOSEN」と呼ばれました。一方では、民間航空機に使われている炭素繊維は、日本の合繊メーカーが世界の上位を占めています。

 「繊維」というと、「衣服」、あるいはカーテンなどのインテリア、寝具などの繊維製品だと思いがちですが、繊維技術は、そうした伝統的な分野のみならず、航空宇宙、海洋、医療などの分野にも活躍の場を広げています。SDGs社会で必要とされている繊維技術は少なくない!         

(聖生清重)