FISPA便り「『人はパンのみに生きるものにあらず』と言うけれど…」

 新年に入ってから、賃上げに関するニュースが増えてきました。ユニクロを展開するファーストリテイリングは、3月から国内従業員の報酬を数%から40%引き上げると発表しました。海外に比べて低い報酬を引き上げる。人への投資を強化するとのことです。

 春は、新年度に向けて賃上げの季節です。恒例の「春闘」に臨むにあたって経団連は春闘方針で「急速な物価上昇を受け、基本給を底上げするベースアップ(ベア)」を「前向きに検討することが望まれる」と明記しました。足元の物価高騰に危機感を抱いていることが明白です。

 昨今の物価高は、すさまじいものがあります。身近な話題でも、ある日帰り温泉経営者は「温泉を沸かすための燃料価格の急騰で赤字」だと嘆き。ある精米業者は「電気代が急騰して、その分がそっくり赤字」だと頭をかかえています。家計を直撃している物価高をなげく声は満ちています。

 そうした中でのファーストリテイリングの大幅報酬アップと経団連の姿勢です。報道によると「賃上げは社会的責務」だとも認識していますから、その姿勢を歓迎するとともに、多くの企業が是非とも実行してもらいたいものです。

 繊維・ファッション業界でも燃料費や原材料費、物流費などの上昇の事情は同様でしょう。コストアップに直面し、その対策に頭を悩ませていることと推察します。しかも、多くの中小製造業者が集まる産地の生産企業は人材の高齢化で人手不足が慢性化しています。一見、華やかにみえるファッション製品の販売の第一線でも、店頭販売員の不足が常態になっているようです。

 岸田首相が掲げる「人への投資」が大きな流れになりつつあるなかで、中小企業はコストアップに苦慮しながら、何とかして賃上げも実施しなければならない。そんな苦衷に悩んでいる経営者の苦労がしのばれます。

 「人はパンのみに生きるものにあらず」とは、誰もが知っている人生訓。元々は「聖書」の言葉ですが、日本では聖書の文脈とかかわりなく受容されています。その通りだと思いますが、物価高を目の前にしたら「まず、パンを」の要求が優先されそうです。賃上げを行い、経済を力強く回す。経済の好循環を取り戻す。積年の日本経済の重要課題です。

 可能な限りの賃上げを実施し、なおかつ「パンのみにあらず」にも工夫を凝らすことが求められていると思います。幸い、繊維と・ファッション産業で働く人は「ファッションが好き」な人が多いと思います。「好き」という動機を「精神的満足」に変える知恵が何より、大事なことでないでしょうか。

(聖生清重)