FISPA便り「今日は、どこに花見に行こうかな」

 毎年やってくる、初春。3月は、多くの日本人が「別れ」と「出会い」を体験する季節です。そして、人生にとって、記憶に残るであろう人と人の関係の変化を見守るかのように、絶好のシーンを演出してくれるのが桜です。とりわけ、入学式には桜が似合います。新しいランドセルを背負い、桜の下で緊張気味に写っている小学一年生。古い写真を見ると、なにやら、甘酸っぱい感情が湧いてくるのではないでしょうか。

 別れでは、定年退職や人事異動があります。前者は、人生80年時代にあって、高齢者雇用制度を活用して働き続ける方が多くなっていますが、それも終わって退職し、真の自由人になる方もいます。いずれにしても、現役時代とはことなる生活が待っています。小学一年生の時の感情を「つぼみ」、新入社員の時の意欲を「満開」とすれば、引退後のそれは「散り始め」かも知れません。

 しかし、桜の花は散っても、季節が巡り、1年後には、また、美しい花が咲きます。「散り始め」は、次の「つぼみ」の準備でもあると言えるでしょう。そんなことを考えながら、思うことは、以前もこのコラム(http://fispa.gr.jp/archives/1284.html)で書きましたが「キョウイク」と「キョウヨウ」のことです。特に、真の自由人になった方にとっては大事なことだと思います。

 「キョウイク」は、「今日、(どこかに)行く」で、「キョウヨウ」は、「今日、(何かの)用事がある」のことです。「ねがはくは 花のもとにて 春死なん その如月の 望月のころ」と詠んだ、かの西行法師は、満開の桜の下で死ぬために絶食死したそうですが(本当は、どうなのでしょう)、西行法師の美学は美学として、少なくとも、まだ元気な退職者は、来年も、この美しい花を愛でよう、そのためにも「キョウイク」と「キョウヨウ」を身につけたいものです。

 人事異動で、勇んで新天地に向かう人。望まない部署に異動する人。海外勤務で準備に追われる人。親の介護との板挟みに悩む人。境遇はさまざまですが、桜の花はひとしく、しばしの平安をもたらせてくれます。

  ところで、万葉集が編まれた時代の日本人が好んだ花木は何なのでしょう。万葉集に登場する花木で桜は、第1位ではなく、第5位だとのことです。第1位は、意外(?)なことに「萩」です。第2位は「梅」。そんな気がしますね。「萩」は、桜に比べれば、地味な花ですが、当時、まだ「ソメイヨシノ」は出現していませんから、現代人が感じる桜とは違った風情なのでしょうか。

 それはともかく、さてさて、今日はどこに花見にゆこうかな。

(聖生清重)