FISPA便り「通勤コース変更の楽しみ」

   ある大手アパレル企業の副社長だったAさん。宣伝・広報畑が長かったその人は、自宅と勤務先の会社の通勤コースを、時々、変更していました。出勤は通常のコースを利用していましたが、帰路は何らかの用事や宴席などがないかぎり、自宅までのルートを変えて、時には、途中下車もしていました。街並みや道行く人をウオッチングしたり、面白そうな店をのぞいていたのです。

 そんなAさんを思い出したのは、どこにでもある駅前の風景が変わったことに気づいたからです。ターミナル駅前のみならず、郊外の駅前の看板は一時「サラ金」のそれが目立っていました。しかし、最近はめっきり減少し、変わって「整形外科」や「歯科」、「内科クリニック」といった病院とそれに伴う薬局が増えてきたように思えます。

 高齢者が増えて、病院を必要としている人が増えている。整形外科が増えているのは、加齢によって足腰が弱った人が増えていることを証明しているのではないでしょうか。Aさんは、アパレル産業の成長期にあって、新しいショップを発見したり、街行く人のファッションを観察していたのですが、確かに街並みには時代の変化を感じさせる何か、がありそうです。

 そんなことを考えていたら、新聞のエッセーでくまモンの生みの親である小山薫堂さんがこんなことを書いていました。写真が趣味の小山さんは街歩きの際、カメラを持っているそうです。「この街の良いシーンを切り取って、持って帰るんだという気持ちになる。すると面白い場面に出くわしたり、ぼーっと歩いていたら気づかないものに気づいたり。僕にとってカメラは『気づきのお守り』のようなものです」と。

 Aさんは、仕事の一環として帰宅の道順を変えて、人々の嗜好の変化や流行りのモノやコトをウオッチングしていたのですが、そんな時は、小山さんが書いているような気持ちになったのではないでしょうか。多分、純粋に街歩きそのものを楽しんでいたのではないか、と今になっては思います。

 朝晩、同じコースを機械的に往復するのではなく、時には、コースを変えてみる。少々、交通費はかかりますが新鮮な発見があり、豊かな気持ちになれるかも知れません。

                                                                                                                                                  (聖生清重)