FISPA便り「続・ノーベル賞と4つの資質」

2年前にこのコラムで、ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥京都大学教授にかこつけて「ノーベル賞と4つの資質」と題した一文を記しました。天野浩、赤崎勇、中村修二(米国籍)の3氏が今年のノーベル化学賞を受賞して、改めてノーベル賞級の創造力がある人間の4つの資質について考えてみましたが、その時、ある人物とともに「熱中」という資質(かどうかは分かりませんが)を思い出しました。

ノーベル賞級の発明・発見する人の4つの資質は、2012年12月26日付の「FISPA便り」をお読みいただくとして、今回の受賞で思ったことは「熱中」です。おそらくノーベル賞に輝いた方々は、寝食を忘れて研究に熱中しているのではないでしょうか。

その熱中です。いまや、各方面から嫌われ者になっている喫煙ですが、まだ多くの方々が極めて大らかに紫煙をくゆらせていた頃のことです。熱中と喫煙で忘れられない思い出があります。故・旭化成社長の宮崎輝さんのことです。

繊維記者だった筆者は、何度も、宮崎さんを取材しました。宮崎さんは、日本繊維産業連盟会長であり、日本の経済界では政策通としても知られていた財界人でした。ある日、ある時のことです。筆者の質問に答えてくださっていた宮崎さんが、やおら応接室のテーブルの上に置いてあったタバコ(当事の応接室では当たり前のことでした)を手にすると、猛然と吸いだしたのです。

しかも、1本を2、3度ふかすだけで、すぐに灰皿の上に置き、そのタバコが消えないうちに次の1本に火をつける。チェーンスモーカーそのものでした。普段、宮崎さんがタバコを口にする姿を目にしたことはありませんでしたので大いに驚き、メモをとるのを忘れるほどでした。ですが、ふと、宮崎さんの足元に目をやると、何と、タバコの火で焦がしたのでしょう、小さな黒い穴が何個もあいていたのです。

そうです。宮崎さんは、話し出すと話したい思いが次々と湧いてくるのでしょう。タバコは意識の中に入っていないようでした。機械的にタバコに火をつけている。まさに「熱中」そのものです。タバコに火をつけたことを忘れるほど熱中できるという資質もノーベル賞級の類まれな資質なのだと思います。

(聖生清重)